電力自由化の先(上)切り替え進まぬ原因は?――選択肢・恩恵乏しく。
2016.09.05
消費者が電気の購入先を選べる小売り自由化が4月に始まって5カ月。大手電力からの契約切り替えは全契約の2%強と、消費者の反応は鈍い。不十分なインフラが新規参入業者の競争力をそぐ要因にもなっている。さえないスタートの理由を探ると、今後のやるべき課題がみえてくる。
大手が囲い込み
鳥取県南部町のスーパー「丸合西伯店」。電力小売りに参入したケーブルテレビ会社、中海テレビ放送(鳥取県米子市)が8月20~21日に相談会を開いた。商品券などが当たる抽選会と抱き合わせたためお客は集まったが、本題の電気の話になると「今はいいや」「様子をみます」と立ち去る人もいた。新たな収益の柱と期待したものの、4月からの契約件数は約1100件にとどまる。
理由は、地域の電気を独占供給してきた中国電力が自ら割安のプランを打ち出したためだ。自由化前に比べ電気料金がわずかながら必ず下がる全国でも珍しい契約プランなどに、26万を超える家庭が流れた。一方、中海テレビなど域内7~8社ほどとみられる新電力に契約を切り替えた家庭は7月末時点で、合計4700件。自由化後の新メニューも98%を大手1社が握る構図だ。
自由化後に小売事業の登録をした企業は300社を超える。ガスや通信、鉄道といった異業種の大手企業から、地産地消を目指す再生エネルギー事業者まで多種多様だ。ところが、多くの新電力が首都圏と関西圏を主戦場と位置づけたため、契約切り替えも2つの地域に集中。北陸や中国、四国といった地方は選択肢が乏しく、自由化の恩恵を受ける消費者は少ない。
新電力で割高
都市部でも、電気使用量によって恩恵に差が出ている。都内に住む30歳代の一人暮らしの男性は新電力に切り替えた場合の電気料金を試算、かえって高くなることが分かり、切り替えを諦めた。
主要な新電力各社は電気を多く使う世帯ほど割安となる料金体系をとる。電気料金の支払額が多い富裕層を取り込む方がうまみがあるからだ。電気をあまり使わない単身世帯や高齢者世帯などは自由化前の大手の規制料金の方が安い場合も多く、自由化の恩恵からは蚊帳の外だ。
PwCコンサルティングの狭間陽一電力システム改革支援室長は「料金競争に終始するのではなく、サービスで独自色を打ち出して電力市場を良い方向に変えていくべきだ」と指摘する。欧州では家電メーカーが家電を買った人に電気を無料で供給するといったサービスがあるという。
獲得契約件数が当初の目標を下回るソフトバンクは6月、社内でアイデアコンテストを実施。50を超える案を基に、単なる電気の販売にとどまらない高付加価値のサービスを探る。その実現は異業種の発想をテコに、エネルギー市場で新たなサービスを広げようとする自由化の目的にもかなう。
1999年に電力小売りを全面自由化した英国ではいまや新電力のシェアが5割を超え、電気の購入先を選ぶことが当たり前になっている。日本は活発な自由化市場の実現へ、出発地点から走り出したばかりだ。
日本経済新聞 朝刊,2016/08/30,ページ:5