電力自由化、勝利の方程式――プッシュ型営業、緒戦制す(Eの新話)
2016.04.18
電力小売りの全面自由化が1日から始まった。ガス会社や携帯電話会社が電力販売に参入し、地域や業種の垣根を越えて料金やサービスを競うさまは新時代の到来を感じさせる。しかし、競争の内側に目を凝らせば、早くも課題が見えてくる。
政府機関の発表では、1日時点での電力会社の切り替え数は全国で約53万件。電力改革を推進する経済産業省は50万超えに安堵するが、全面自由化の対象になる全国の家庭や小規模店舗8500万件の1%に満たない。
「想定通りの数字」と語るのは電力ビジネスに詳しいA・T・カーニーの笹俣弘志パートナーだ。各社の電力メニューは電力をたくさん使うほど割安になるケースが多い。「電力多消費世帯の奪い合いとなり、一人暮らしなど8割の世帯は無風」(同)だったからだ。
PwCコンサルティングの狭間陽一パートナーによると、電力自由化で先行した英国やドイツでは自由化から最初の3カ月で10~20%の消費者が電力会社を変えた。日本の出足が鈍い理由について、「自由化の認知度が上がらず、期待したほど料金が下がらなかったため」とみる。
顧客獲得の条件も見えてきた。先頭を走るのは関東では東京ガス、関西では大阪ガスの都市ガスの2強だ。理由は消費者との接点。東ガスはガスの供給区域内に配置する販売拠点「ライフバル」をフル活用し、ガスの顧客に電力の売り込みをかけた。
顧客の家族構成やエネルギー使用量を事前に把握し、住居を訪ねて本来の商品やサービスのついでに電力も売る。自由化緒戦で先んじたのは、差別化が難しい電力という商品の特性を、対面で十分に説明できる「プッシュ型営業」(A・T・カーニーの笹俣氏)だ。
都市ガスやLP(液化石油)ガス、ケーブルテレビなどの事業者がこれにあたる。半面、盲点があらわになったのが携帯電話販売店やガソリンスタンドなど、消費者を“待つ”販売チャネルだ。
拠点数が多い携帯ショップやガソリンスタンドは、多様な消費者が訪れるのが強みだ。しかし、給油や携帯販売の限られた時間の中で電力にまで話を広げるのは難しい。JXエネルギーは電力販売の要員を給油所に派遣する「キャラバン隊」などの対応策を検討中だ。
携帯ショップの来店者が電力に関心を持っても、契約には検針票に記載された顧客番号が必要だ。検針票を持って改めて、店頭に来てもらわねばならない。「どう再来店してもらうか」(ソフトバンク)も課題だ。
今のところ、料金も決定的な条件にはなっていない。新規事業者には既存の電力会社や都市ガス会社より割安な料金を提示しても、契約が伸び悩む事業者もある。料金差がわずかなら「事業者への信用や安心感で選ぶ」(PwCの狭間氏)。
これが自由化の姿なのか。アクセンチュアの伊藤剛マネジング・ディレクターは「潮目は変わる。問題はいつ変わるかだ」と語る。今は限られた電力多消費家庭を訪問販売で奪い合う構図だが、いずれネット上の比較サイトなどの情報をもとに消費者が電力会社を自分の判断で選ぶようになるとみる。
様子見の消費者を動かすことができなければ、自由化は早々に失速することになりかねない。
日経産業新聞,2016/04/14,ページ:11