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電力全面自由化の課題(中)野村宗訓関西学院大学教授――英国、寡占下で料金2倍に、燃料費の高騰が直撃(経済教室)

2016.03.01

国際連系線で供給力確保
ポイント
○自由化後の複雑な料金設定に利用者困惑
○英国での値下げは自由化直後の6年だけ
○低料金の長期維持には発電量の確保重要
 4月から電力小売り全面自由化により、制度上すべての利用者は契約先を自由に選択できる。こうした契約先を切り替える「スイッチング」の導入にあわせて、既存電力会社と新規参入者は新たな料金メニューを提示し、顧客獲得競争を展開している。
 自由化が先行した産業用・商業用の需要家は料金低下の恩恵を受けてきた。2000年3月の部分自由化から16年が経過して、ようやく家庭用需要家も地域独占から解放される。エネルギー会社を中心に他業種との協力関係を強め、ガスや通信との一括契約、ポイント制、電子マネー換金などの点で利用者に特典を与える戦略を打ち出している。
 電気通信の自由化でも、利用者は自らのニーズに合ったメニューを提供する事業者と個別に契約を結び、豊富なサービスを享受してきた。電力自由化も同様のイメージでとらえられることが多いが、情報通信技術(ICT)によるイノベーション(技術革新)で成長する通信と、需要が鈍化した市場で顧客を取り合う電力では次元が異なる。ライバル企業の出現で全利用者の料金は低下するとの神話もあるが、通信市場でも明らかなように各家庭の支払額は必ずしも下がるわけではない。
 以下では、電力自由化で先駆けた英国の経験に注目し、わが国への示唆を導きたい。
 英国では1990年の所有上の発送電分離により、送電会社としてナショナル・グリッドが独立し、98年の小売り自由化に伴い地域配電会社は配電部門と小売り供給部門に区分された。需要家が自由に契約できる全面自由化に移行してから既に18年が経過したが、利用者が頻繁に供給元を変更しているわけではない。
 英国の電気事業は現在、英セントリカ、仏電力公社(EDF)、独イーオン、独RWE、英スコティッシュ・パワー、英SSEの6社(ビッグ6)の寡占状態にあり、発電市場でも高いシェアを持つ。新規参入者も現れたが、各社のシェアは低い(表参照)。
 小売り自由化で電力とガスを同時に契約すると割引率が大きくなる「デュアル・フュエル」は人気があったが、各社が同様の商品を提供し始めるとメリットがなくなった。
 その結果、わが国で現在みられるような携帯電話やスーパー、ネットショッピング業界と提携した商品が増えてきた。これらにはそれなりの特典はあるが、どれが最も自分の消費パターンに一致するのか、具体的にいくら電気代が安くなるのか、理解困難な場合が多いので利用者は困惑する。さらに料金比較の基準が不明瞭で、いったん契約した後に再度スイッチングしにくくなるという弊害もある。
 英国公正取引庁は13年、ビッグ6に「利用者を困惑させる独占行為(confusopoly)」を自粛するように勧告した。これは米国の作家スコット・アダムス氏が97年に「ディルバート・フューチャー」という著作で使用した造語だ。
 自由化に伴いエネルギーや通信、金融商品で複雑な価格が設定され、利用者を混乱させた。競争当局はこうした複雑な価格設定により、スイッチングを妨げる行為を批判した。同様に電力ガス規制庁もメニュー数を減らして利用者に正確な情報を提供し、公平な処遇をすることを求めた。
 このように利用者の選択肢を増やすという所期の目標と矛盾する結果となった。小売料金の規制は撤廃されたが、皮肉にも事業者自らが料金を据え置く商品をつくり、顧客を囲い込む戦略もみられる。
 実際に値下げされたかを検証すると、98~04年までは料金は低下したが、その後は上昇している。つまり値下げは最初の6年だけで、その後の12年は上がり続け、平均的な料金は2倍以上になった。
 しかも6社がほとんど同じ料金改定をしてきた。これはカルテルではなく、上流部門の燃料費がそのまま転嫁されているためだ。とりわけ北海油田の天然ガスが減産され、英国が04年に純輸入国に転じた後、値上げが続いている。小売事業者にとって燃料費は避けられない費用である。送電・配電コストも転嫁されるが、これらは規制料金であり、最終料金に占める比率でみると燃料費よりも低い。
 昨年、欧州連合(EU)指令により温暖化ガスを排出する老朽化した火力設備はすべて運転停止に追い込まれた。加えて今後23年までに原子力発電所も寿命で停止する予定だ。10年に80ギガワットあった設備容量の4分の1にあたる20ギガワットが失われ、供給余力が限られる中で、自由化効果をどう引き出すのか事業者も規制者も悩んでいるのが実情だ。
 政府はこれまで原発の新規計画を進める方針を貫いており、新型炉による3つの大きなプロジェクトが決まっている。しかし各計画に参加していた企業が撤退したため、工事着工には至っていない。結果的に仏電力公社は中国企業とパートナーを組むことが決まり、その他の計画には日本から日立製作所と東芝がそれぞれ参加することになった。
 政府方針では原発が段階的に寿命を迎える20年代に新規原子炉の稼働を想定していたが、リードタイムと競争下での政策措置を考えると大幅な遅れが生じるだろう。
 代替策となるのは国際連系線、パイプラインの整備だ。自由化以前から規模は小さいが、フランスとの連系線が存在していた。既にオランダ、アイルランドとの連系線が運用開始にこぎつけ、さらにベルギー、ノルウェー、アイスランドとの計画も進展している。距離にして1千キロを超えるものも含まれるが、リードタイムが原発より短い点で現実的な方策でもある。発電量の確保が喫緊の課題となっている英国では、一国でなく他国との協力により安定供給を実現する道を開拓している。
 日本の置かれている状況は英国とは異なるが、全面自由化以降、長期的に料金を低位に維持するには、何らかの補完的措置が必要になる。まず、火力発電については全面的に輸入原料に依存しているが、上流部門の調達に関して資源国との関係強化や資源開発の推進の面で、さらなる公的支援を加える必要がある。低炭素社会の実現に向けて再生可能エネルギーの普及が必要だとしても、固定価格全量買い取り制を再考しなければ、料金上昇は続くばかりだ。
 さらに原子力損害賠償・廃炉等支援機構の負担についても、国と事業者の役割分担を見直し、公的負担を中心とする施策に移行しなければ、競争による料金低下の効果は表れない。人口減少で家庭用需要家数は低下し、値上げすれば大口も増加には転じない。
 小売り供給市場で競争を展開するには、発電量が豊富であることが前提になる。取引所の流動性を上げるため、出し惜しみなど公正競争に反する行為は監視する必要があるが、必要な発電量の確保も軽視すべきではない。原発再稼働の方向性もみえてきたが、いずれ寿命を迎えるのは明らかだし、福島第1原発事故を受け、英国以上に新規建設への慎重論が多いのも確かだ。
 わが国は資源小国という制約条件を抱えながら、電力自由化を90年代から推進してきた。しかし東日本大震災以降、原発再稼働のハードルが新たに付加された。エネルギーミックスに関する目標値も公表されたので、政府が国際連系線も視野に入れながら、競争下にある民間企業に低炭素社会への移行を促す重要な役割を果たすべきである。
 のむら・むねのり 58年生まれ。関西学院大博士。専門は規制経済学、公益事業論
 
 
 日本経済新聞 朝刊,2016/02/29,ページ:19