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電力自由化出足そろり、県内各社、長期戦見据える――静ガス先行、暮らし提案、鈴与商事、BtoC強化(ズームアップ静岡)

2016.07.26

 4月に始まった電力小売りの全面自由化を受け、家庭向けの電力販売に参入した静岡県内の企業が「長期戦」を見据え始めた。料金面で明確な違いを打ち出せず、契約獲得の出足が低調なためだ。各社は電気単体で利益を得るのではなく、電気契約を各家庭との新たな接点と位置付けて複数サービスの提供を模索。消費者と自社との結びつきの強化を目指す。
 「電気契約を切り替えても中部電力の電線はそのままで、電気の質は変わりません」「当社は1~2年契約の縛りや違約金もありません」
 静岡ガス静岡お客さまグループの吉岡順子さんは7月中旬、静岡市駿河区のKさん宅を訪ね、電気に関する疑問に丁寧に答えていた。Kさんは4人暮らしで、家庭用として大きめの60A(アンペア)を使う。中部電から切り替えると、基本料金が1年で約5500円安くなると説明を受け、契約書にサインをした。
 静ガスは6月末までに約1万1800件の電力契約を獲得。新規参入組では県内首位とみられ、初年度目標の1万5000件が視界に入った。ガス顧客約30万件の半分を占める戸建て世帯に、顧客サービス拠点「エネリア」のスタッフが対面で説明してきたが、5月には吉岡さんら6人の女性チームを新たに発足。戸別訪問のペースを引き上げた。
 Kさん宅は静ガスが推進するエネファーム(家庭用燃料電池)を設置済みで、エネリア経由でリフォームもした。「まずは環境意識の高い、自社の優良顧客を確実に押さえる」(杉山武靖執行役員)ことを優先。ガスと電気に加え、今春から始めた家電リースや駆けつけサービスなど暮らし全体の提案につなげる。
 全国的に東京ガスなどのエネルギー企業が契約を伸ばすなか、静ガスも一定の安心感から契約を積み上げた形。ただ、県内全体を見れば「肩透かし」の声も聞かれる。
 電力広域的運営推進機関によると、6月末までに契約を切り替えた家庭は全国で約126万件。異業種からの新規参入が相次いだものの、全契約の約2%にとどまった。首都圏や関西が大半を占め、県中西部をカバーする中部電は全体でも約8万3000件(約1%)にすぎない。
 「もう少し反響があると思っていた。料金差が数%なら切り替えは面倒という人が多い」。LPガスを手がけるエネジン(浜松市)の藤田源右衛門社長は分析する。県東部の東電管内で約200件を獲得。中部電管内はシステム整備の遅れで8月から受け付けを始めるが「(静岡市などは)特に保守的」と嘆く。
 東京電力との提携で注目を集めたTOKAIグループは6月末までに約2700件を獲得した。東電管内で約2000件に達するが、LPガスや情報通信で高いシェアを持つ中部電管内では約700件どまりだ。
 TOKAIの電気料金は東電の方針で決まる。TOKAIホールディングスの豊国浩治常務執行役員は「使用量の多い世帯には得になるが、大多数には明確なメリットを提示できなかった」と話す。契約アンペアや使用量は家庭や季節で異なるために、携帯電話のように「月額○円」「○円割引」と示せない。使用量の少ない世帯を含め、わかりやすい基本料金割引を打ち出した静ガスとの明暗が分かれた。
 「鈴与グループは今後BtoC(消費者向け)分野を強化する。各家庭と毎月の料金支払いで継続的な関係ができる電気は重要な商材だ」。鈴与商事の桑原孝之企画開発部担当部長は期待をこめる。LPガス顧客に営業をかけ、6月末までに県内を中心に約7000件を獲得した。
 鈴与グループ各社は住宅リフォームや保険、介護などを幅広く手がけるが、顧客情報の共有は道半ばだ。電気契約を5年で10万件獲得して顧客の裾野を広げ、中長期にグループのシナジーを高める。TOKAIも同様に世帯当たりのサービス契約数を増やすため、自社ポイント戦略の強化に取り組む。
 電力会社を変えないで中部電や東電の新料金プランに移行することも可能だが、同様に勢いはない。未来の商機を視野に入れた陣取り合戦は、まだ始まったばかりだ。
(馬淵洋志)
 
 
 日本経済新聞 地方経済面 静岡,2016/07/21,ページ:6