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現在いまをはかる(2)値段、新たなモノサシ続々――デフレの真相、見える?

2016.05.16

 「クロダが言及しているあの数字は何だ?」。2月上旬、東大発のベンチャー企業、ナウキャスト(東京・千代田)に外資系ヘッジファンドから電話が入った。日銀の黒田東彦総裁が講演で、同社が出している物価指数「日経ナウキャスト日次物価指数(商品名・日経CPINow)」を引用したからだ。
 全国のスーパー800店舗以上から200品目超のPOS(販売時点情報管理)データを集めて、その日の物価指数をつくることができる。調査範囲は政府が毎月出す消費者物価指数(CPI)の方が広いが、公表までに時間がかかるCPIと違って「物価の今」がわかるのが強みだ。
 同社の今井聡社長は「政府のCPIに対して、われわれの数字を示すことでまず議論を起こしたい」と話す。
 「政府の指数だけで経済の真の姿はわからない」。そんな議論が最初に巻き起こったのは1990年代の米国。直接のきっかけは米連邦準備理事会(FRB)のグリーンスパン議長(当時)が「CPIは実際より高めに出ている」と問題提起したことだ。
 この発言を受け、上院財政委員会に提出された通称「ボスキン・リポート」はより安く、新しいモノを求める消費者の行動を捉え切れないCPIの課題を指摘した。
 それから約20年。ビッグデータを用いることで、異なる顔を持った民間の物価指数が続々登場している。
 TSUTAYAなどを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は、Tポイントカードで集めたビッグデータが武器。Tポイントの提携先で客が商品を買った際の情報をもとに、2015年6月からTポイント物価指数(TPI)を公表し始めた。
 カード保有者が若者に多いといった課題があるが、TPIを監修する渡辺努東京大教授は「消費者の購入実績で指標をつくりあげる意義は大きい」と強調する。
 一橋大発の消費者購買指数はスーパーだけでなくコンビニやドラッグストアのPOSデータの価格動向も調べている。CPIが調査の対象から外している「特売」などのデータも織り込む。「より安いものを買おうとする消費者の行動をつかめるようにした」(一橋大の阿部修人教授)
 物価の安定を目標とする日銀は昨年からCPIを加工した「生鮮食品・エネルギーを除く」などの指数や「上昇・下落品目比率」などを公表し始めた。既存の統計をいろんな角度から細かく見つめ直すという動きだ。
 日本経済の最大の問題であるデフレ。克服には世の中の価格を正確にはかることが欠かせない。物価の真の姿を捉えることができるか、官民の競演は始まったばかりだ。
 
 
 日本経済新聞 朝刊,2016/05/11,ページ:5